貝原益軒が『養生訓』を書いたのは江戸時代中期、益軒は83歳。江戸時代としては堂々長寿を全うしたと言える。その長寿の秘訣として書き残したのが、日々の身体との付き合い方、食事、睡眠、感情、季節との関わり方などだった。
自然の一部でもある身体。そうであるがゆえに、どのような環境で暮らすか、どのような生活を送るかということが、身体の不調と密接に関わっている。
養生訓とは何か
益軒の『養生訓』は、病気を治す本ではない。病気にならないための、生き方の本だ。
養生とは、決して自分だけのものではない、天から授かった身体を丁寧に扱うことだ、という想いが込められている。
現代の健康本と決定的に違うのは、数値や方法論ではなく、身体への「態度」を語っていることだ。どう食べるか、ではなく、食べることをどう捉えるか。どう眠るか、ではなく、眠りをどう迎えるか。
江戸時代の夜は、今と何が違ったか
江戸時代に電気はない。日が沈めば、暗くなる。
これは不便に聞こえるが、身体にとっては自然なことだった。太陽のリズムに沿って、昼は活動し、夜は静まる。何万年もかけて人の身体に刻まれたリズムを、江戸の人々は(望むと望まざるとにかかわらず)守っていた。
養生訓では、「夜更かしは気を損なう」ということが書かれている。とにかく「夜は早く眠ること」が大事だと説いている。
益軒が「気を損なう」と言うとき、それは単なる疲労の話ではない。東洋医学における気——身体を巡り、臓腑を養い、眠りを促す流れ——が乱れることを指している。
「気」という言葉で夜を読む
東洋医学の世界では、昼と夜には異なる性質がある。
昼は陽の時間。外に向かい、活動し、消費する。夜は陰の時間。内に向かい、静まり、回復する。
この切り替えがうまくいくとき、人は深く眠れる。朝に回復した感覚で目覚められる。
現代の夜に起きていることは、この切り替えの妨害だ。画面の光が目を刺激し続ける。情報が頭に流れ込む。仕事の続きが気になる。身体は横になっていても、気は昼のまま動き続けている。
養生訓の言葉を借りれば、「夜に陽の気が収まらない」状態だ。
益軒が勧めた、夜の過ごし方
養生訓で勧める夜の過ごし方としては、現代風に言えば、こういったことが語られている。
食事は夜遅くに取るな
夜遅い食事は消化の気を乱す。胃が動いている間は、深い眠りに入れない。益軒は「夕食を早めに、量は控えめに」と勧めている。
感情を夜に持ち込むな
怒りや悲しみ、強い興奮は気を乱す。特に夜は感情を静める時間として、穏やかに過ごすことを説いている。現代で言えば、夜に刺激的なコンテンツを見ることへの警告とも読める。
身体を冷やすな
冷えは気の流れを滞らせる。夜は特に、腹や足を冷やさないよう気をつけよと書かれている。
江戸時代の健康
益軒の言葉が古びないのは、身体の本質を語っているからだと思う。
技術は変わる。生活環境は変わる。でも、人の身体が自然のリズムの中で生きているという事実は変わらない。
現代人に多い不調、たとえば「疲れているのに眠れない」「休んでも回復しない」というのは、養生訓の言葉で読むと「気の乱れ」として見えてくる。リズムの問題とも言える。
数値に映らない苦しさには、数値とは別の言葉で近づく必要がある。江戸時代の老人が書き残した言葉や昔の健康への考え方が、その入り口になることがある。
今夜からできる、小さな養生
江戸時代の健康観をもとに、現代においても、今夜からできる夜の過ごし方として、たとえばこんなことが挙げられるだろう。
日が沈んだら光を落とす
部屋の照明を暖色に、画面の輝度を下げる。目から入る光が、気の切り替えを左右する。
夜食を減らす
益軒の教えに従い、夕食は早めに、軽めに。胃が休めれば、気も休まりやすくなる。
温かいものを飲む
生姜湯、ほうじ茶、葛湯——冷たいものではなく、温かいものをゆっくりと。身体の内側から温めることが、陰の時間への切り替えを助ける。
情報を止める
眠る二時間前には、画面を閉じる。気は情報に引き寄せられる。静寂の中でしか、夜の気は落ち着かない。
養生という考え方は決して難しいことではなく、改めて「身体」というものと向き合う発想と言えるのではないかと思う。