わかっているのにやってしまったときの言いようのないモヤモヤ感──

要約: 認知的不協和とは、人が、同時に抱えている考えや態度、行動のあいだにズレや矛盾が生じたときに感じる、心理的な落ち着かなさを指す。その落ち着きのなさを解消するために、行動を変えるのではなく、考え方を書き換えて自分を正当化する。

矛盾が生む心のモヤモヤ

一般的に、人は自分の考えと行動が一貫している状態を好む。そのため、「正しいと思っていない行動をしている」「大切だと思っている価値観と違う選択をした」といった状況に置かれると、心のどこかに違和感が生まれる。この違和感を、心理学の用語で認知的不協和と言う。

「わかっているけど、やめられない」「正しいと思っていないのに、やってしまった」

こうしたとき、人は心の中で言いようのないモヤモヤを感じる。たばこやお酒をやめようと思いつつ、つい続けてしまう。健康のために運動すべきだと思っているのに、全く動き出さない。

こうした矛盾は、日常のあらゆる場面に存在している。そして、その矛盾が、心に小さな不快感を生み続ける。

行動ではなく、考え方を変える

興味深いのは、人はこの不協和のモヤモヤを消すために、必ずしも行動を改めるとは限らない点だ。むしろ、行動を変える代わりに自分の考え方の方を書き換えてしまう現象がよく見られる。

たとえば、ダイエット中にケーキを食べてしまったとき、「自分は意志が弱い」と認めるのは辛い。だから、「今日は頑張ったご褒美だ」「明日から本気を出せばいい」と、後から理由を作って自分を納得させる。

後付けで言い訳を用意する、という点がポイントと言える。

行動を変えることは、努力が必要で、時には苦痛を伴う。しかし、考え方を変えることは、瞬時にできる。だから、人は無意識のうちに、より簡単な方を選ぶ。

正当化するために信じる

人は、「正しいから信じる」のではなく、「あれは仕方がなかった」「それほど悪い選択ではなかった」と、自分を正当化するために、信じる理由を後から作ることがある。

他の具体例で言えば、高額な商品を買った後、「これは本当に必要だった」「長く使えるから結果的に安い」と、購入を正当化する理由を探す。失敗したプロジェクトに関わった後、「あれは誰がやっても無理だった」「学びがあったから無駄ではない」と、自分の判断を擁護する。

人の判断や信念は、必ずしも冷静な理性だけで保たれているわけではない。むしろ、心の安定を保つための微妙な調整の結果として形づくられている。

頭で、「これは正しい」と信じていることの中には、最初から本当に正しいと判断した結果ではなく、自分の過去の選択や行動を正当化するために、後付けで作り上げた信念が含まれているかもしれない。

小さなつじつま合わせ

日常に溢れる小さな言い訳。その裏側には、心の平穏を守ろうとする、けなげなつじつま合わせが隠れている。

認知的不協和を解消しようとする心の働きは、決して悪いものではない。それは、心が壊れないための自己防衛でもある。すべての矛盾を正面から受け止めれば、人は自己嫌悪に押しつぶされてしまうかもしれない。

しかし同時に、この心理は、自分を欺く道具にもなりうる。都合の悪い現実から目を背け、変わるべきときに変わらず、誤りを認めるべきときに言い訳を重ねる。

自分の中に矛盾を感じたとき、それを即座に言い訳で埋めるのではなく、一度立ち止まってみる。このモヤモヤは何を教えてくれているのか。本当に変えるべきは、考え方なのか、それとも行動なのか。

その問いに向き合うことによって、認知的不協和という概念は、自身の成長や変化の糧としても使える。

関連用語 : 確証バイアス